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活動レポート

孤独・孤立活動レポート

独りぼっちの意地っ張り。~当事者の思い~

「一人でできる」ことは、自立に向けてとても大切なことです。
しかし、自分一人で何事も解決しようと頑張りすぎて、声をあげることができない人やためらう人もいるのではないでしょうか。
今回、実際に福岡市社協の相談員と関わりがあるてんにゃんさん(ペンネーム)が社協に相談するまでの思いを書いてくださいました。

「意地っ張り人生」の始まり

私の壮絶な「意地っ張り人生」は17年前、脳腫瘍を告知された時からスタートを切った。

成功率が低いと宣言された手術も、その後の辛いばかりの治療も、「病魔に負けるか!」との「意地」で克服した。

それは、誰もが「根性があるね」「よくやったね」と褒めてくれた意地っ張りだった。

 

そんな私に追い討ちをかけるように最愛の夫が莫大な借金を残して蒸発してしまったのは、退院して間もなくのこと。

幼なじみで優しくて全幅の信頼を置いていたパートナーの裏切り。私は借金取りから逃れるように、着のみ着のままで関西から福岡に在住している妹宅へ引き取られた。

 

心配で見舞いに来てくれた友人や知人、親戚、すべての励ましや労い(ねぎらい)の言葉が同情や蔑み(さげすみ)を含んだ偽善のようにしか感じられず、私の心中には裏切られた憤りと人への不信が渦巻いていた。

「誰にも頼らず、自分の力で身を立てて見返してやる」決意は生きるための原動力でもあり、同時に私を孤独へと誘う(いざなう)意地となっていった。

病と最愛の人の裏切りを乗り越えて

脳腫瘍の治療をしながら就職し、職場で優秀賞を獲得するほど努力を重ね、安定した報酬を得て、一年ほどで独立し、再び誰もが「よく頑張ったね」と褒めてくれるようになった。


ただこの意地っ張りには、無理しすぎて健康を疎か(おろそか)にしていた代償がつきまとう。

夜、寝付けない。静かになると裏切られた悔しさと独り身の淋しさがあふれ出てくるからだ。寝不足のまま仕事に向かう。

しだいに頭痛が酷く(ひどく)なり、視力が落ちていき、極度の疲労感に休みの日は何もせずぼんやりして終わってしまう。

雑然とした部屋がだんだん悪臭を放っていく。このままでは駄目だと焦りながらも、身体が思うように動かない。誰かに相談したくても、情けない姿をみられたくないと、くだらない意地が再び顔を出す。

「誰にも頼りたくない」思いが生活を悪化させていく

遂に(ついに)限界が訪れた。一睡も眠れず朝を迎えた日に身体が動かなくなった。呼吸すらままならず、緊急搬送された病院でそのまま入院となり、脳腫瘍の再発と生きるために必要なホルモンが作られていない難病発症との診断が下された。

 

腸と胃と脳の手術を受け8ヶ月の休職を余儀なくされた挙げ句、やっと会社復帰を果たした矢先のコロナ感染。肺炎へと重篤化し、深刻な後遺症に苦しむ日々。高額な医療費に激減した収入。

それでも誰にも頼りたくないと頑なに意地を張る。いっそこのまま死んだほうがまし。困窮がうつを呼び寄せ、そんな思いに駆られた時に友人から福岡市社会福祉協議会への相談を勧められた。
今さら、こちらから出向いて救いの扉をノックするなんて真っ平。情けない状況をさらけ出すのも嫌でたまらない!

 

そんな意地っ張りの心のドアをノックしてくれたのは、温かい眼差しで私の話を聞いてくれる相談員の皆さんだった。

昏く閉ざされていた扉は今

生活費と医療費対策の手続きとヘルパーの手配。てきぱきと私の悩みが取り除かれてゆく。昏く(くらく)全ての窓が閉ざされていた部屋に少しずつ光が差し込む。

何度も私の心の扉をノックしては見守るように寄り添ってくれる相談員。整えられた健全な生活の中から、自分で希望の扉を探しにいきたいと勇気が育ってゆく。

 

絶望からの再生の扉が開かれた時に切実に思う。もう意地を張るのはやめよう。誰かを頼ってもいいじゃないか! いつかまた人生に希望を取り戻したときに、本当の再生がはじまるのだから。

ペンネーム てんにゃん

昏く閉ざされていた扉は今
相談員より

この「独りぼっちの意地っ張り。」を書いてくださったてんにゃんさんは、体調が悪いときもありますが、表情は日に日に明るくなられ、しっかりとした目標を持って生活されています。
誰しも、第三者へ助けを求めるということは、ありのままの自分をさらけ出し、伝えなければならず、非常に勇気がいることだと思います。

今後も私たちは勇気を出して声をあげてきてくれた方の気持ちに寄り添い、向き合っていきます。

■この記事に関するお問い合わせ

地域福祉課地域共生係
電話番号 092-406-0122 

※この記事は令和6(2024)年6月現在の情報です。

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